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鶴丸国永(さゆ)  薬研藤四郎(煉)   山姥切国広(花)  一期一会(りい花)  へし切長谷部(さかき)




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鶴丸国永―――執筆者 さゆ



桜が花を散らせた。春が終わって、新緑が美しい季節が来た。夏がもうすぐそこまで近づいている。
鶴丸は主の姿を探していた。今日はどうやって話しかけようかと考えながら歩を進める。今の主はあまり感情の起伏がない。無というわけではないが、かなり控えめだ。喜びも怒りも驚きも、あまりしない。鶴丸はどうにかして、あっと驚いた顔を見たいと思っていた。そして笑った顔を知りたいと思った。ほしいのはどこか愁いを帯びた微笑みではなく、幸福が詰まった笑顔だ。

「お、ようやく見つけたぜ」
「鶴丸、こんにちは」
「ああ、いい天気だな」
「そうね、畑仕事が捗りそう」

振り返った彼女は鶴丸の言葉に庭を見た。縁側に出て少し眩しそうに目を細める。その横顔を眺めて、鶴丸は口角を上げた。後ろ手に持った花をいつ出そうか考える。驚くだろうか、喜ぶだろうか。彼女が庭からも鶴丸からも視線を外した。顔の近くへ向けて白い空木の花を差し出せば、突然のことに彼女の足が止まる。驚いた顔と目が合い、鶴丸は満足そうにそれを手渡した。

「花、好きだろう」
「ええ、ありがとう」
「俺としてはもうちょっと喜んでもらえると思っていたんだが…」
「嬉しいわ。空木…もうそんな季節なのね」

空木の束を腕に抱いて彼女は花を見る。その瞳はどこか懐かしそうで、それでいて悲しげだ。自分といる時はいつもこうだと思った。決して邪険にされているわけではないが、鶴丸にとってはあまり楽しくない状況だ。毎日こうやって贈り物をして、沢山話しかけているものの、あまり効果はないようだ。距離を縮めたいのに、鶴丸と彼女は常に平行線だ。

「なぁ、君は俺のことが嫌いかい」
「…どうしてそう思うの」
「ちっとも心の中を見せてくれない」
「そんなことないわ、普通にしているつもり」

それはきっと嘘だと思った。鶴丸が手を伸ばせば、ほんの少し後退した。気付かないふりをして長い髪に触れる。やめろとは言わないもののギュッと噤まれた唇に心臓が嫌な音を立てた。一体いつになったら、この物思いは終わるのだろうか。



「難しい顔をしているね」

縁側で燭台切が茶を飲んでいた。足音に気付いた彼は振り返り、鶴丸の顔を見てそう言う。また主のところかいと燭台切は眉を下げた。鶴丸はどうして彼がそんな顔をするのか今一つわからなかったが、頷いてその隣に腰掛ける。

「彼女は俺が苦手らしいな」
「珍しく後ろ向きな発言だね、気にしすぎじゃないかい」
「いや、やっぱわかるぜ。そういうの」

隣から気遣うような視線を感じ、鶴丸はため息をついた。その時視界の端に今剣が映った。誰かを手招きし、声を掛けている。今剣の伸ばす手の先にいるのは渦中の人物だ。あるじさまと、そう呼ばれた彼女は微笑みを浮かべていた。

「あるじさま、こっちです」
「どこへ案内してくれるの」
「まだひみつです!」

ゆっくりと歩を進める彼女に今剣がその手を取る。グイグイ引かれて困ったように笑う顔が、やはり自分に向けられているものとは違うことに鶴丸は気付いた。ズキリと微かに走った胸の痛みに小さく眉を寄せる。






                 





薬研藤四郎―――執筆者 煉



人の容姿をしていながら、人ではない。
こんなにも人と同じ行動をとることが出来るというのに、自分達は人ではない。彼女に触れることも笑いかけることもできる。けれど、人ではない。
されども、もう刀でもない。



「大将、政府から文が届いてるぜ」

人として生活するようになって早二月。有難いことに近侍として彼女の傍にいることが多くなった俺の朝の仕事は大抵決まっている。少し朝が弱い彼女を起こし、身支度を整え朝食を二人で取る。その日の内番や遠征部隊、第一部隊の面子を決めるのはこの朝食の短い間のことだ。その後、言われた通りの内容を他の刀達に伝え、当番表を大広間の壁に貼り出し、そこでやっと政府からの郵便物が届く時間となる。郵便受けを覗き、お偉いさん順に手紙を並べ直し、すっかり寝坊助顔が抜けた我らが大将に届けるため、彼女の執務室に戻る。ここまで、慣れてしまえば約半刻。彼女の目覚めが最悪だと誤差はあるが、それでもほんの少しのものだ。

「ありがとう薬研くん、至急のものはある?」
「いや?今日は大したことのないもんばっかりだぜ」

彼女の執務室はすっきりとしていて、必要最低限のものしか置かれていない。文机と、書物を収める為の本棚一つ、それだけ。後ろから近づき、文机の上に置いてある漆塗りの文箱に持ってきた手紙を置くと彼女はちらりと横目で視線を寄越しまた机の上に広げられている長い巻物へと戻した。

「検非違使の報告書か?」

後ろから覗き込めば、彼女はああ、うん、そう……と弱冠うんざりしたような声を漏らした後大きな溜息をつき肩を落として見せた。
数日前、突如各国に出現した検非違使というややこしい存在。歴史修正者達と同じく味方では決してない奴らの攻撃力はとても高く、こっちの情報量が少ないためもあり戦略が練り辛く手こずっている、というのが現状だ。大太刀の一振りでもいたらまた現況も変わっただろうが、生憎俺が所属しているこの本丸に大太刀は存在していない。
検非違使に出くわした日は彼女から根掘り葉掘り色々と聞かれる。いつもの報告より入念に。それはすべて彼女が情報を精査し纏め、政府に報告する為。何処の本丸よりも良い報告書を提出すればそれだけ政府からの褒美を得ることが出来、審神者としての評価もあがる。
審神者としての評価が上がれば、より強い刀を鍛刀することができるという。つまり大太刀の可能性もあり、だから彼女は必死だ。俺達の戦いを少しでも楽なものにするために。真面目で、一生懸命な審神者だと、俯瞰しても思える。

「……ほんっと、検非違使って何なんだろうね」

ぷくり、彼女の柔らかな頬が膨らむ。オイオイ、大将今俺っち存分にアンタのことを褒めてたとこだったんだけどな。けど、子どもっぽい仕草も似合ってしまうのは彼女が偏に純粋な人間だからなのだろう。思わず笑った。

「薬研くん、笑いごとじゃないよ」
「悪い、大将。大将の顔があんまりにも面白くてな」
「なんですって?」

大きな瞳が見開かれて驚いた、と言わんばかりに口が閉口する。ほんっと、見てて飽きない表情ばかりみせてくれるぜ。
そう―――彼女の表情はとても豊かだ。よく笑い、よく泣き、怒りもする。まるで赤子のようにころころと変わる表情は見ていて飽きないし、恐らく見た目としては俺の方が年下に見えるだろうけれど、彼女を見ていると兄のような、どうしても目上から見ているような気持ちになる。



「いち兄の気持ちが分かるな」
「そうか?」

翌日の午後、珍しく二人して非番になった俺達は縁側で呑気に茶を飲み交わしていた。
俺の意図しているところが分かるのか、そうでないのか。粟田口の面々から兄と慕われる一期一振の声は言葉に反して曖昧に空気にとけていった。






                 





山姥切国広―――執筆者 花



両隣からはぁぁとうっとりするようなため息が聞こえた。腰の据わりが悪くなる。美貌の“男性”の性別がようやく判明したところで、両側から肘で小突かれた私は意を決し、口を開いた。

「そ、それで、なんの御用でしょうか……」
「僕たちは、あなたに用があって伺ったのですが……」

桃色の髪を揺らして、彼は困ったように微笑む。驚くほどの美形なのに、微笑みも落ち着いた声も物柔らかく、ひとの警戒をゆっくりと解すようだった。肩からスーツの胸元に落ちる髪は、やはりさまざまな濃淡のピンク色に彩られていて、どうしたらあんなに美しく染まるのかと不思議におもう。

「はい、ですからそのご用件を伺います」

不審者には変わりがない。叱咤して声を張ると、彼はすこし目を見開いてまじまじと私を見つめたが、やがてあえかな溜息を零して、そっと顔を伏せた。細く長い指が、口元に当てられる。その指先がわずかにふるえていた。憂いのある動作に眉を顰める私の横で、同僚女性が腰を浮かせ、身を乗り出す。

「どうされました?」
「すこし、気分が……」

今日は、暑すぎますね、とうつくしい指先を、長い首筋を辿るように胸元におろして、ひとつだけ開いていた白いシャツのボタンを、もう一つ外した。そのぶんだけ、白すぎるほど白い肌が晒される。その奥の、微かな影の揺らぎがひどくいやらしく感じた。左隣に座る男性が、触れていないのに発火しそうなほどぶあっと熱くなるのが分かった。右隣の女性はぶるぶると小刻みに震えていて、息が荒い。尋常ならざるものは、善良なひとびとをたやすく狂わせる。まるで冗談のようなそのシチュエーションに出くわしたことが、私を逆に冷静にさせた。そんな風に色気を出して、なんのつもりだ。いよいよ気色ばんで口を開きかける。

「あの」
「ではどこかで横になられた方が!」
「えっ」

私の言葉尻にかぶせるように口早に言った年かさの同僚が、発火寸前といった鬼気迫る様子で立ち上がる。反対側、こちらも猛然と長椅子を蹴り立った同僚女性が、「そうですね、そうですよ!」と勇み叫んで、それに合わせたようにふらりと腰を上げた美貌の男に向かって、そろって殺到する。
完全に狂わされている。
左右から欲望まみれの男女にしがみつかれたかっこうになった男は、着席から五分と経たないうちに、急かされるよう応接室を出ていった。扉が閉まる瞬間、柳眉にすこしの憂いを乗せてちらりとこちらを見、次に少年を見たようだった。
ドアが閉まると、それまで我関せずと黙って冷茶を啜っていた金髪の少年が、身軽に立ち上がった。

「おいあんた……」

少年が私の方に手を伸ばした瞬間、背後の硝子戸に影が迫った。振り返るまえに腕を強く引かれ、ローテーブルの上を滑るように少年の胸元にぶつかった。コップが冷たい液体をまき散らしながら吹っ飛ぶ。同時に、凄まじい音とともに、何かがガラス戸を突き破った。
少年はテーブルを蹴ってソファの背にじぶんの身体をぶつけ、そのまま後ろに倒した。私も一緒に倒れて、彼の身体を下敷きにして床に転がった。あまりのことに声も出ない。息つく間もなく、彼はダメージが感じられないほど軽々と立ち上がると、ふらつく私を引っ張り起こす。ソファだけではなくギターケースも盾にしたらしく、手に持った黒いケースの表面にいくつものガラスが刺さり、キラキラと日光を反射していた。見れば、スーツを着たサラリーマン風の男性が床に倒れ伏している。どうやら彼がガラスを突き破って飛び込んできたようだ。ぴくりとも動かない様子に、血の気が引いた。
扉を隔てた事務所のほうでも、ざわめきが起きている。
そこに、ガラスを飛び越えるように、ひとりの男が中に入ってきた。長く垂らした薄紫の髪が翻って、腰のあたりにふわりと落ちた。白っぽいスーツの下に柄物のベスト、派手な赤のネクタイに金色のピンが輝いている。風体はいかにも怪しいものだったが、品のある美貌にその奇抜な格好がやたらと似合っている。紫の蛇革の靴を履きこなし、ほかの二人と同じようなギターケースを手にぶら下げていた。暑いさなかに汗一つかかずに、少年に目くばせをした。

「来るよ、迎え撃つしかない」

言うなり、ギターケースの留金を弾いて、中から何かを掴みだした。全身が黄金色に輝く細長いそれは、刀のようだった。時代劇で侍が持っているような、日本刀。

「何人だ」

少年が私の手を取ったまま、低く問う。

「8」
「多いな」
「読まれてたのかも知れない」

破られた扉の向こうで、怒鳴り声のようなものが聞こえた。ばたばたと複数の足音が近づいてくる。日本刀を持った男性が、抜刀しながら外に出ていく。刃が日光を反射して、ギラリと光ったのが見えた。
何が起きているのかさっぱりわからなかった。思考停止寸前で、息をするのがやっとだ。

「おい」

少年が私の両肩を掴んだ。引き離されて、彼の身体に縋りついていたことにようやく気付く。硬く握りしめた指先が硬直している。手のひらは汗でねとついていた。

「しっかりしろ。呆けている場合じゃない」






                 





一期一振―――執筆者 りい花



政府から届いた数週分の戦績を見比べ、パソコンに打ち込む作業を数時間。審神者になり随分と経った今では、その作業もスムーズに行えるようになったと自負している。先週は先々週より遠征の回数が少なかったにもかかわらず、良い成果を収められている。次は第二部隊を厚樫山へ向かわせようか、皆の錬度と随時ネットに上がる歴史修正主義者の情報を照らし合わせれば、遠くの方で数人の声が聞こえた。左手首の時計に目をやると、なるほど遠征部隊が帰還する予定の時刻で。少し遅れたけれどお出迎えを、と障子を開いた先にある天色の空と輝く太陽が、私の肌をジリジリと焼いた。



  「お疲れ様です、怪我をした方などはいらっしゃいますか?」

皆の元に行き声をかければ、それぞれが異常無しの反応を示してくれる。近頃は検非違使という第三勢力の介入で、どこの刀剣男士も負傷や最悪破壊にまで追いつめられる事案が相次いでいると騒がれる中、今のところうちの本丸では一振りとして欠けることなく済んでいる。だからこうして遠征や出陣の部隊が全員顔をそろえて帰還することがなにより私の心を安心させてくれていた。ホッと小さく息を漏らせば、近侍の燭台切さんが私の頭をポンポンと撫でる。本丸が設立されて間もなくのころからずっと一緒にいる彼は、まるで良き兄のような存在だ。彼が手に入れた資材を持ち倉庫の方へ向かっていったので、念のため残りの顔ぶれに本当に疲労はないだろうかと注意を凝らす。疲労や小さな傷を隠す癖のある者がいるからだ。とくに大倶利伽羅さんを強く見つめていたら、小さな衝撃が私を襲った。

「あるじさま、みてください!きれいないしをみつけたんですよ!」

ぴょんと軽く飛んで私に抱き付く今剣くんは、キラキラとした瞳で私を見上げた。彼の瞳と同じ鮮やかな赤色をしたそれを両手の上に乗せ、そのときの様子を語る姿は秘められた母性を擽るようで、気が付けばひざを折り、同じ目線で話を聞いている。

「これは、あるじさまにあげますね!」
「いいんですか?」

大切そうに手にしていたそれを差し出され、かけた問いに大きな頷き。玉鋼や木炭などの、鍛刀や刀装作成に必要なものは大切な資源として皆が積極的に拾ってきてくれるけれど、こうしてたまに短刀たちがお土産としてくれる小石や花は、私の宝物として増えていくのだった。お礼を言いながら手を伸ばすと、ちょうどその後ろから、部隊長である彼の声がした。

「主、ここにいらっしゃったのですね。一期一振、ただいま帰還いたしました」

途端今剣くんが手のひらを引っ込めて、ぷいと顔を後ろにそむける。

「これ、さよくんにあげますね。むこうであそびましょう!」

突然のことに驚き数度こちらを振り返る小夜くんを連れて、裏庭の方にかけていく二つの背中。ぽかんとその姿を見送れば、苦笑いをこぼす皆の顔も目に入る。「これはまた随分嫌われているね」そう零したのは誰だっただろう。いつからか、いや、あの時あたりから、今剣くんは私と一期さんが近くにいるときを、ひどく避けるようになっていた。

「ごめんなさい、一期さん」
「主が謝ることではないでしょう、お気になさらず」






                 





へし切長谷部―――執筆者 さかき



じっとりと湿った大気が肌にまとわりつく。摂氏四十度を優に超える鍛刀部屋はさながら蒸し風呂、その中で身じろぎ一つしなかった審神者の喉元がかすかに動く。一筋の汗が髪の生え際から流れ落ち、柔らかそうな頬を濡らしてゆく。その雫を拭うこともせずに彼女は目の前の炎を見つめている。ひゅっと息をのむ気配につられ、隣に控える近侍も気を引き締めた。
簡素なつくりのつたない溶鉱炉、その上部に掲げられた精錬目安時計はこれまでよりも長い時間を指す。鍛刀が始まると同時、自動表示されるそれのからくりなど、近侍であるへし切長谷部の知るところではない。とうてい理解のおよばぬ遠き未来の技術になど彼は興味がなかった。ただ常日頃は落胆させられることの多いこの時間表示が、今日はずいぶんと頼もしい。予測も悪いものではないな、と考えながら彼は自分が緊張していることに気づく。
この本丸で近侍として鍛刀に注力して以来、初めて顔を合わせる刀剣に思いを馳せた。思わず隣に佇む主と視線を交わせば、彼女の双眸にも驚きの色が浮かんでいる。これはいよいよ待ち望んだ者に会えるのかもしれない。表だって口には出さないながらも、この一瞬、両者の期待は交錯した。

一、

このほど長く本丸を率いている主が、浮かない顔でこぼした愚痴に長谷部は言いようのない空しさと憤りを感じた。俺ではだめですか、と咄嗟に言いたい気持ちを彼はぐっと押し殺す。湧きあがった感情の正体は淋しさ、そして嫉妬だ。
自分の内側が赤く爛れるような思いを味わうたびに、彼は人の感情の機微を憎く思った。

『演武なら度々お目にかかるのに、うちには天下五剣の人も野狐もまだ居ないんだよね。居ないからたちまちどうってことはないけど、こうも長く出会えないと本丸やあなたたち、それに私も認められていないようで淋しいな』

ほろりとこぼされた台詞は一抹の憂いを帯びていた。彼女の言動すべてを自分と結びつけるのはただの自意識過剰、そして残念ながら己が何人いたところでその憂鬱が晴れないことも彼は心得ている。しかし目の前で繰り広げられる喜怒哀楽がいちいち気にかかって仕方ない。
長谷部は主に見えぬようにそっと口の端を噛みしめた。時折胸のなかに現われる仄暗い思想、自分以外の刀剣が彼女の心を揺るがすことの我慢ならなさを、彼は持て余している。
とかく彼の主は常から涼しげに笑っており、軽妙洒脱な印象が拭えない。屋敷に住まうすべての者がひととき幸福で健康的な生活を送れるようにと、日々の雑務や炊事洗濯の類、当番制の清掃も小間使い然とした買い出しすらも自ら進んでやってしまう。くるくると動き回る姿は、言葉は悪いがさながら下女だ。
皆を総べる主君としての立場を気にして欲しいと、長谷部がどれほど進言してもその姿勢を崩さない。そのくせ、飄々を装っていてもその実は危なっかしく、手伝いに繰り出すたびに彼女は決まって些細な怪我をしてきた。加えて、気を抜くと途端に髪の結い紐や編みあげの靴紐を引っ掛けて、情けなく転倒の危険に晒されている。たびたび作動する彼女のそそっかしさを指摘し、手直しや手当てをするのはいつも長谷部だった。